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  • 「ソフトシンセが発達した功罪というものはすごくある」 樫原伸彦の考える“作編曲家のこれから”(後編)
    作編曲家として30年以上のキャリアを持ち、ロックバンドからアイドルグループ、映画音楽まで、ジャンルに捕われず様々な音楽制作を行っているほか、“トータルプロデューサー”としてアーティスト育成にも携わる樫原伸彦へのインタビュー。後編では、作家としてぶつかった壁や作編曲家のこれから、若手への提言まで、じっくりと語ってくれた。

    >樫原伸彦がトータルプロデューサーであり続ける理由とは? 「パートナーとして若手のクリエイターと組むことが自分の音楽に活きる」(前編)


    取材・文:岡野里衣子
    写真:竹内洋平


    ――仕事としての作編曲の中で、大きな壁に当たった瞬間はありますか?

    樫原:
    結構たくさん仕事を貰っていたときに、あるプロデューサーから『樫原さんって何でもできるけど、リズムの音が良くないよね』って言われたことがあって。打ち込みの音、リズムの部分がよくないという根本的な指摘をされたんです。ある日その人が100枚くらい、クラブ系のCD を持ってきてくれたんだよね。『たぶん樫原さんならこれを聞けばわかると思うよ』って。その人はクラブとかにも連れて行ってくれて、その時にね……4つ打ちに開眼しちゃったの。音楽が鳴っていなくてリズムだけにも関わらず、その快感たるやっていう。それで僕の中で180度価値観が変わって、万国共通語の音楽が4つ打ちだってことに気がついちゃったんだよね。

    ――4つ打ちの音楽の凄みを肌で感じたわけですね。

    樫原:
    うん。実はその当時、4つ打ちに対しての偏見があったんだけど……生音至上主義というか。フュージョンやロックバンドをやっていたから、一定のリズムを機械がやってるなんて、そんな音楽でノれるワケないじゃん!って思っていて(笑)。でもその時、世界には多様な4つ打ちが発生していて、様々なグルーヴがたくさん生み出され始めていたんです。だからそれを教えてくれたその先輩の存在はめちゃくちゃ大きい。それから自分でサンプラーをいじって音を合成したり、キックの音ひとつ作るにも、いろいろなネタを使って波形を動かしたりして、マニピュレーションみたいなことにも興味を持ち始めたんです。それまでは、実はアシスタントのマニピュレーターをつけてたんですよ。自分で全部やるようになってガラッと変わって、エンジニア的なことも自分でやり始めたんだよね。だからすごくいいきっかけだったんです。

    ――ご自身ですべてやるようになって、仕事の幅は広がっていったんですか?

    樫原:
    例えばDASEINというデジタルロックのユニットでは、エッジのある4つ打ちとツーバスを混ぜたりして、いろいろな実験が出来た時代でした。その後、探り探りでやってきたダンス・ミュージックが、自分の中で「できる!」と確信を持てる時がきて(笑)。ダンス・ミュージックのビートを生かしたJ-POPが、ちゃんと狙った通りに作れるようになった。今やってる→Pia-no-jaC←なんかも、4つ打ちが基調になってますね。



    ――→Pia-no-jaC ←のプロデュースは現在のご自身のメインワークのひとつであると思います。彼らの一番大きな魅力を教えてください。

    樫原:
    出会ったときにまずびっくりしたのが、カホンとピアノという編成が変だったこと(笑)。あと、自分もピアニストだからわかったんだけど、ピアノのHAYATOの左手のアプローチが、すごく個性的だったんです。いろいろな選択肢はあったんだけど、せっかく面白い編成なんだから、ベースとか他の楽器は入れないで、このままピュアに2人だけでやったほうが絶対いいってことになって。それから音楽の無国籍感。ドメスティックな匂いがするのに、ラテンな匂いがしたり、自分の中にないブレンドを彼らが持っていたんです。じゃあ自分が持っている音楽情報を彼らが持っているブラックボックスの中に放り込んでみよう、という実験を始めて、今に至るという感じです。

    ――→Pia-no-jaC←の音楽は、非常に純度の高い音楽性と、楽しさを追求したエンターテイメント性が融合していることで、幅広いリスナーを取り込むことに成功しています。そのバランス感覚は、どのように提案しているんですか?

    樫原:
    まず曲の作り方がちょっと変わっているんです。自分のプロデューススタイルは、どのアーティストにおいてもちょっと効率が悪い方法をあえて選んでいるんですけど、特に→Pia-no-jaC←では、長時間のセッションを彼らとやっているんです。街のリハスタでこの7年間、ピアノを並べて音楽を聞いたり演ってみたりしてということをずっとやっていて。それで生まれてくるフレーズやビートを形にしていく、という作業をずっとやっていると、もう曲を作りながらライブの構想が生まれてくるんです。『この曲をライブでこうやったら盛り上がるよね』とか、『こういうフックを作ったら、コールアンドレスポンスできるよね』という演出が、レコーディング前に出来てるんですよ。あと冗談もね。例えば『Greensleeves』っていう曲名を『ブルースリー』って聞き間違えちゃったら面白いよね、じゃあHIRO、ヌンチャクの練習して、みたいな。だからレコーディングする前にHIROがヌンチャクをやることはもう決まってるの(笑)。アレンジやクリエイトの中に演出が組み込まれているから、そういう悪ふざけが音楽に取り込まれていってるんです。思いつきと、その場で面白いってなったことを必ずやってるんですよ。

    ――→Pia-no-jaC←だけでなく、いろいろなアーティストをプロモーション面で仕掛けていく作業も、樫原さんが行っているケースが多いですよね。

    樫原:
    うん。いわゆるプロデュース業を請負でやっているだけだとつまらなくなっちゃうんだよね。プロデュース方針を活かすプロモーションというのは絶対にあると思うので、自分がプロデュースしたものが正確に伝わるような伝え方を選びたいんです。メディア選びだったりもそうですし。これはこういうものだと理解してくれる媒体で展開しなかったら、意味がないと思うからね。最近だとアイドルのプロデュースもやっているけれど、このチャンネルに持っていって、ここに落として、こういう絵を描いて、というアレンジもやっているところが、普通のサウンドプロデューサーとはちょっと違うかなとは思います。

    ――これまでご自身が手掛けた楽曲の中で、印象に残る3曲を教えてください。

    樫原:
    難しいけれど……まずエポックメイキングになったトラックという意味では、やはり尾崎豊の『街路樹』。初めてフルオーケストラのスコアを書いた思い出の曲です。あと、自分が作った歌で大好きなのが『君の中の永遠』という……機動武闘伝Gガンダムのエンディングテーマですね。井上武英さんという歌い手も素晴らしくて、今も結婚式で歌われている曲です。それから、→Pia-no-jaC←の『ジムノペディ』。あれはちょっと煮詰まっていたときに、突然天からどーんとアイディアが降ってきて、背中を押されるように作った思い出深いトラックです。“音楽は人と人とを離さない”という……そんな教訓を与えてもらって、もう少し音楽から離れられないなと思いました。



    ――作編曲家という仕事の、一番の醍醐味とはなんでしょうか?

    樫原:
    人との出会いと、わくわくすることが常に起きること。人と出会って音楽を作っていると、なんか事件が起こり、ドラマが発生するんです。その結果音楽ができるって、面白いじゃないですか。ただ単に一人でデスクトップで作っているんだったらもう辞めているかもしれないけれど、自分は音楽を作る仲間の中で仕事ができているからこうして続けていられる。今後、作編曲家というものがサバイブしていく場所というのはいろいろ変わっていくと思うんです。作家が生きる道は完全な二極化が進んでいて。ひとつはメジャーアイドルなどのコンペ。僕が始めたときはそんなものなかったけど、今は若い人にとってはチャンスの時代とも言えますね。ネームバリューがなくても、いい曲を書けたら勝てるから。チャレンジは若い人がやればいいと思うし、年間何百曲も書いてというのは物理的に不可能だから、あんまりこちらの道には興味はないかな。もうひとつの道は、セルフパブリッシングの時代であるということ。いわゆる同人とか、インディーズといった、自分で作って自分で売る方法ね。僕は今、そっちにすごく興味がある。メジャーとは別の音楽が自由に楽しめる場所がすごく開けてきたことで、そこに向かっているクリエイターが僕の周りにも増えていて。大人や資本に媚びなくても、自分たちでやって受け取り手がいるという。今後についてはまだそのワクワクがあるから、まだ死ねないな、と思ってます(笑)。これまでにできなかったことを、形にしてみたいという想いがあるんです。

    ――これから作編曲家を目指す人たちに、必要なことはどんなことでしょうか?

    樫原:
    やっぱりソフトシンセが発達した功罪というものはすごくあると思っていて。劇判でもなんでもそうなんだけど、オーケストラの楽器のシミュレーションをアレンジャーが使うわけじゃないですか。それが今スタンダードな響きになってしまっているのね。だから本当の生の楽器の響きの良さを伝えられる人がすごく減っていると思うと同時に、上手いアレンジャーが減ったなと感じます。ボーカルと戦っちゃうようなオケを作っちゃうとか、やたら音数が多いとか、ちょっと疑問に感じる。だからできれば生楽器の特性に触れて欲しいなと思います。そうすればもうちょっと深みのある音楽が構築できると思うから。無理矢理デジタルで作っても、人は感動しないと思うので。ヒューマンな部分をどうやって生かすか、と思っている人がきっと勝つと、僕は思うんです。

    ――今後、樫原さんが挑戦していきたいことを教えてください。

    樫原:
    もう20年くらい前から、音楽やエンターテインメントとITの融合みたいなことにすごく興味があって。どうやってインターネットを使って音楽を普及させていくか、という。新しいインフラを使ったプロジェクトワークにとても興味があるんです。オンラインでセッションができるソフトも出始めたので、それを使って海外のミュージシャンとセッションしたものを作る、とかね。作編曲家としては、良いアーティストに出会えば一緒に良い音楽を作りたい、ということはいつも変わらず思っていることです。死ぬまで音楽をやってられたらいいな、と思っています。




    樫原伸彦

    1981年にピアニストとしてレコーディングやステージサポートを開始。1983年から作編曲家として幅広いジャンルで創作活動を続ける中、1985年には尾崎豊の4thアルバム「街路樹」のプロデュースを手がける。
    ロックバンドのプロデュースからアニソン、アイドル、映画音楽まで、ジャンル、編成を問わないサウンドデザインとプロモーションプランニングが売り。近年はAKB48グループの作編曲、→Pia-no-jaC←のプロデュースなど。
    ITと音楽のマッチングを提案しながら創作活動を積極的に行っている。

    ブログ: http://blog.livedoor.jp/nk_h/
    Twitter: http://twitter.com/nobuchang


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    2015.08.05

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