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  • 鈴木まなかが明かす、新世代の作曲観 「曲を作ることと、モニターの前に座ることは同じ」(前編)
    NMB48の楽曲を手掛け、“AKB48グループ最年少の作曲家”として注目を集めたり、HKT48や私立恵比寿中学、Dream Ami、Flowerの作曲を担当。さらに、avexのアイドル専用レーベルiDOL Street ではSUPER☆GiRLS、Cheeky Paradeのほか、新鋭グループ・わーすたのサウンドプロデュースを手掛けるなど、21歳にして多数のメジャーアーティストを手掛ける鈴木まなか。インタビュー前編では、彼女の音楽遍歴やプロとしてぶつかった壁、コライト(共作)についての価値観などについて、大いに語ってもらった。
    取材・文:中村拓海
    写真:下屋敷和文


    ――鈴木さんが音楽に目覚めたきっかけを教えて下さい。

    鈴木:
    aikoさんや大塚愛さんなど、女性シンガーソングライターの曲を長い間、聴いていました。小学生の当時は作曲しているという意識はなかったですが、ピアノで自分のメロディを作ったりして、「将来は音楽の仕事に関われたらいいな」とは思っていましたね。その後、中学校に入ってすぐに登校拒否になって、家にずっと引きこもるようになりました(笑)。そのタイミングで初めて『Singer Song Writer』を買って、パソコンで音楽を作るということを覚えました。3年間ずっと作り続けたので、ある程度のクオリティまでは持っていけるようになったのですが、そこから進路に迷って。通信講座で資格を取ろうと思って資料を請求したりもしたのですが、それを見た母から「そんな気持ちで音楽やってたら絶対成功しないよ。そんなことせずに一途に頑張りなさい」と言われたんです。

    ――そこから本格的にプロを目指すことになったわけですね。

    鈴木:
    はい。ここで音楽一本にしようと決意しました。中学3年生になってからは、いろんな事務所に自分の曲を送るようになったのですが、反応があったのは1つだけでした。行ってみたら「歌ってみたらいいんじゃない?」と言われ、その事務所が主催するライブイベントに一度出てみないかと誘われたんです。躊躇はしましたが、ネットにアップする勇気も無かったし、とにかくその時は人に自分の曲を聴いてほしかったので、参加しました。その時、同じライブに出演したアーティストに「私の夢は作曲家です」と話したら、3組くらいから「自分にも作ってくれ」と言ってもらえて。この出来事がきっかけで、インディーズのアーティストへの楽曲提供が始まりました。最初は自分の曲を歌ってもらえるのがすごく嬉しくて、「こっちがお金払って歌ってほしい」くらいの気持ちでした(笑)。

    ――「ネットにアップする勇気がなかった」ということですが、自宅で制作している間は誰かに聴かせていたのでしょうか?

    鈴木:
    親や祖母には聴かせていましたが、友達にはちょっと恥ずかしくて言えませんでした…。とにかく当時は、コンペというもの自体も知らなかったので、クオリティなどは全然気にせずにどんどん作っていました。睡眠時間も4時間くらいで、ただひたすらに作っては次、作っては次、と言う風に、その時にあった感情を、ずっと曲に書き溜めるようにしていたんです。

    ――リスナーとしての音楽遍歴はどう変わっていきましたか?

    鈴木:
    先のaikoさんや大塚愛さんのようなシンガーのほか、作曲をはじめてからはキーシャ・コールさんやダイアナ・ロスさんなど、R&Bの洋楽も聴くようになりました。でも、制作をはじめてから聴く楽曲は、どれも「仕事の分析対象」という気持ちが入ってしまいますね。「こういう感じなのか。これはリファレンスにしようかな」といった感じで。



    ――どちらかというと、J-POP以外からの影響が強いのでしょうか。

    鈴木:
    そうですね。インディーズの曲を書いていた時期も、かなりR&BやHIPHOPテイストのものが多かったので。当時からかなり洋楽をリファレンスにしていたため、同じテイストのものがやはり作りやすいし、自分でも一番好きです。

    ――作曲において壁にぶつかったことはありますか。またそれをどう乗り越えましたか?

    鈴木:
    「とにかく曲を沢山書けば、良い曲ができるようになる」と思い込み、一日必ず1〜2曲作るようになったのですが、その結果として仕事が雑になってしまい、壁にぶつかっていました。その後、周りの大人やシンガーさん、事務所の方が優しく指導してくれるなかで意識は変わってきたのですが、今思うともっとやり方があったはずなのに……と悔やまれます。現在は一曲一曲に思いを込めて、しっかりと時間をかけて作れるので、コンペでの採用率はかなり上がりましたね。

    ――鈴木さんはコライト(共作)でのクレジットも多数見受けられます。コライトを始めるきっかけとなった出来事とは?

    鈴木:
    自分の中ではメロディを大きく見直す機会になったと思います。以前までは自分がスピード重視で作っていたため、雑になっていた部分も、コライトをすることでメロディにじっくり時間をかけられるようになりました。また、自分のなかで「キャッチーとはなにか」を考えだしたのもこの時期でした。

    ――鈴木さんの考える「キャッチーさ」とは?

    鈴木:
    主にサビの部分になるのですが、2分割・8分割・16分割とそれぞれ分けて聴いても、全部展開があって、しっかりとまとまっているものが理想です。これを実現するのに、曲によっては2週間くらい考えたりします。あと、コライトをするようになってからは、楽曲のバランスを絵で考えるようになりました。冷静になって、どんなスタンスで聴いてもしっかりと絵が浮かぶものを作りたいんですよね。

    ――聞くところによると、スコアを書いたりしないそうですね。楽器もあまり触らないとか。まさに新時代のクリエイタ―という感じがします。

    鈴木:
    そうなんです。曲を作ることと、モニターの前に座ることは同じで、楽曲を編集するイメージもすべて画面を想像しますね。だからコライトに関しても、自分の足りないところを補ってくれるという感覚が強くて。一人だと好きなジャンルも限られてくるけれど、誰かの色を加えると出来ることの幅が広がるし、それがクオリティの高さにも繋がると考えています。

    ――音楽家としての幅も広がるし、一石二鳥なやり方だと。

    鈴木:
    はい。自分はメロディのプロフェッショナルを目指したいと思っていますし、尊敬している先輩方はコライトの経験をしっかり積んでこられているので、どちらかというと「コライトはカッコいい」という意識のほうが強いのかも。

    ――コライトする相手には合わせるタイプですか?

    鈴木:
    一緒にコライトする前に、どういう系の作家さんなのかって聞いてから、「この人と作るならこうかな」と考えたりはしますね。「コード進行はこういう感じがいいです」とリクエストしたり、なるべくその人にしかできないことをお願いするようにしています。



    ――最近ではiDOL Streetの新鋭・わーすたのサウンドプロデューサーとしても活躍しています。

    鈴木:
    まだプロデューサー歴も短くて勉強中ですが、自分の中では良い意味でも悪い意味でも作曲家の延長だと思っています。作曲家としての好みや曲単体の良さも重要ですが、アーティストとの相性をしっかり考えないといけないなと。これまでより客観的に見なければいけない部分は増えてきましたが、後々は作曲にも活きると思って奮闘中です。

    ――コンポーザーの視点と、プロデューサーの視点が交差しているんですね。

    鈴木:
    コライトも自発的にやっていた成果として、「この曲はこの人に頼みたい」、「このエンジニアさんやアレンジャーさんがいい」という感覚は活かせていると思います。今まではその流れの中で曲だけ作るという形でしたが、プロデューサーの仕事では最後まで見ることができるので、満足度が高くてとても楽しいです。ただ、あくまで楽曲の命に係わる部分はメロディだと思っていて。自分がワンストップでアレンジまで出来ればいいなとは思うのですが、まずは音楽理論をしっかりと身につけ、世の中の楽曲を分析していくのを重視したいと考えています。

    ――ここまで数々の楽曲を作って来たなかで、ターニングポイントとなった1曲は?

    鈴木:
    やはり、一番最初に決まったNMB48さんの『インゴール』ですね。この曲が決まるまではずっと切羽詰まっていて、周りの人には「あとは運だよ」と励まされていました。当時の1〜2年くらいは、ほとんど友達と遊ぶこともなくて、辛い時期でしたね。でも、その経験により「私は音楽以外のことを長く続けられない」ということに気付きました。

    ――その時期は具体的にどういう苦悩をしていたのでしょう。

    鈴木:
    最初の曲が決まるまで、「事務所内で一番曲数を書いている人」と言われるくらい作っていました。でも、自分より曲数の少ない人がどんどんコンペに通っていくのを見て「私には才能がないのかな?」って思ったし、Calros.KさんやHiroki Sagawaさん、小田桐ゆうきさんみたいな天才型の先輩がポンポン作って決めていくから、余計に焦りが生まれていました。でも、決まった時に、自分のこれまでの楽曲と比べて徹底的に分析してみたら、クオリティが全然違って。そこで一曲にかける時間の大切さを学びました。

    ――常に楽曲を分析して研究しているとのことですが、そうしたスタンスになったのは、天才型の先輩とともに仕事をしてきた影響が大きかったりしますか?

    鈴木:
    そうですね。みなさんかなり感覚的な方だったこともあり、彼らに対抗するために理論を追求しようと思いました。Hiroki Sagawaさんに学んだ部分がかなり大きいのですが、コードの付け方やアレンジの仕方、メロディの活かし方などを教えてもらい、自分の曲の幅がかなり広がりました。

    ――鈴木さんが楽曲を作る際、まずはどこから着手しますか?

    鈴木:
    サビだけ最初に作るというパターンが大半で、昔からずっとそうですね。ボイスレコーダーにサビ頭だけ録りためていて、ストックはかなりの量を持っていますよ。合いそうなアーティストとテーマが来たときに引き出して、ほかの展開を付けて使ったりしていますね。




    >「まずはアドバイスを貰って高めていけばいい」 鈴木まなかが考える“スキルアップのための手段” (後編)


    鈴木まなか

    Producer / Composer / Songwriter / Arranger Vocal / Chours / Remix / DJ

    幼少期から音楽に興味を持ち、学生時代にモデルとしてのキャリアを 積みながら、本格的に作曲・DTMの勉強を始める。
    2011年、17歳にして作曲家としてメジャーデビューを果たす。 今後の活躍が期待される21才のプロデューサ女子である。

    ブログ: http://ameblo.jp/suzukimanaka/
    Twitter: https://twitter.com/suzukimanaka

    ▼works
    Flower
    『 秋風のアンサー 』(シングル・2014年11月12日)
    「秋風のアンサー/ 作曲」読売テレビ・日本テレビ系プラチナイト木曜ドラマ
    『ビンタ!〜弁護士事務員ミノワが愛で解決します〜』主題歌
    板野友美
    『 1% <Type-B> 』 (シングル・2013年6月12日)
    「Sister / 作曲」
    NMB48
    『 北川謙二 』 (シングル・2012年11月7日)
    「インゴール / 作曲」
    MBS・TBS系『KOBELCOスポーツスペシャル
    第92回全国高校ラグビー大会』テーマソング
    HKT48
    『 控えめI love you ! -劇場盤- 』 (シングル・2014年9月24日)
    「私はブルーベリーパイ / 作曲・編曲」
    SUPER☆GiRLS
    『 ギラギラRevolution 』(シングル・2015年2月18日)
    「飛行機雲、いつか / 作詞・作曲」
    小林歌穂(私立恵比寿中学)
    『私立恵比寿中学 東西大学芸会2014「エビ中のおもちゃビッグガレージ」』 ( CD+Blu-ray ・2015年04月08日)
    「ぐらりぐら想い/ 作詞・作曲」

    など


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    2015.08.12

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